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 私はこのアニメ映画を見終わったすぐ、「鬱アニメだ」と感じた。とても、悲しい物語なのだと。
けれども、よくよく物語が何を描いてきたか、仔細に考え始めると、これは、一つの切ない希望の物語だったのだと思った。
距離と時間と速さ、記憶と想い――そうして紡がれていく物語。

少し、そんな話をしたい。

描写してみよう。

1、桜花抄――仮初めの約束の場所で
「貴樹くん、来年も一緒に桜、見れるといいね。」

 桜の花びらの舞い散る場所で、物語は幕を開けた。
 そこで明里は、「来年も一緒に桜、見れるといいね。」と、貴樹に告げた。小学生の二人だ。

 これは願いの言葉であり、また同時に、「約束」の言葉でもある。
 こうして、桜舞い散る場所は、二人の「約束の場所」になった。

 けれども、二人は離れ離れになる。小学校卒業と同時に、明里が、栃木へと、引っ越していく。

 離れ離れになって半年後、貴樹は明里に手紙をもらう――「ねぇ貴樹くん。私のこと、覚えていますか?」
 こうして、二人の手紙のやり取りがスタートする。想いをのせて、栃木から東京へ、東京から栃木へ、時間をかけて届く手紙。
 二人の生活背景の違いが浮き彫りになっていく。
 「なぁ、栃木っていったことあるか?」「は?どこ?」「栃木」「ない」「どうやって行くのかな」「さぁ、新幹線とか?」「遠いよな」
 東京と栃木は遠く、会えない時間だけ、二人の距離は遠くなっていく。

 三月四日、貴樹は、明里に会いに、栃木に行く。まだ寒く、約束の春にはまだ早い頃。雪が、降り注いでいる。
 貴樹は、明里との日々を思い出す。出会いから、別れまで。
 まるで、開いてしまった、二人の距離を縮めんとするように。
 
 けれども、現実は厳しい。電車は、雪と嵐に押し込められて、足止めされる。二人の距離は、遠く遠く、隔てられている。行く道で、明里に宛てた手紙が、風に飛ばされる。彼女に届けたい言葉の数々が、二人の距離を繋ぎとめんとする言葉の数々が、風に飛ばされる。それは、彼女に届くことのない、永遠に宙に浮いた言葉となった。
 
「ねぇ、なんだか、まるで、雪みたいじゃない?」
 会いにいった栃木にて「約束の場所」は、模された。桜とよく似た、「雪の舞い散る場所」で。
 明里と貴樹の「約束」は、その点でからいえば、果たされた、ということになるだろう。

「貴樹くんと一緒に、春もやってきてくれたらいいのに、って思います。」
 けれども、そこで実際に舞い散っているのは、桜ではなく「雪」なのだ。(だから「約束の場所が模されている」と表現される)。彼らが願い約束した「来年も桜の木の下で」の、「雪」であるということ、約束の「春」より、まだ少し時期が早い「冬」だ。
 約束は、実際には果たされていない。

 彼らのした約束とその場所、それから栃木の雪の「仮初めの約束の場所」。それらを比べれば、違いはたくさんある。色鮮やかな光あふれる世界、たくさんの桜並木。灰色に閉ざされた世界、一本の、丸裸の桜の木。春の盛りと、冬の終わり。映像的な表現で、それは徹底され、表現されている。

「僕たちはいずれ同じ中学に通い、この先もずっと一緒だと、どうしてだろう、そう、思っていた。」
 そもそも「来年も」という約束の言葉の底には、「いつまでも」という想いが込められていたのだった。あの雪の舞い散る「仮初めの約束の場所」には、その「いつまでも」がないのだ。

 なぜ「いつまでも」がないといえるのか。それは、「仮初めの約束の場所」が、「栃木の桜の木の下」という、ある特定の時間と空間――現実に縛られたものだからだ。

 貴樹は明里に会いにいくのに苦労した。「約束」の時間を、4時間も過ぎた。それが、栃木と東京という「距離」であり、その距離を渡る内に絶対的に流れていってしまう「時間」の壁だった。二人は、栃木と東京を隔てる距離と時間の壁は、何とか乗り越えることができた。けれども、同時に、二人にまざまざとその壁を実感させることとなった。
 なぜか。

 模された約束の場所で、互いは互いの存在を確かめるかのように口づけを交わす。雪に閉ざされた寒さと、交換された温もり――手を伸ばせば触れられる距離にいる相手。
 そうした触覚的な経験が、かえって「二人の間に隔てる遠大な距離と時間の壁」を実感させた。

「遠いよな。」
 これはつまり、「鹿児島と栃木では、絶対に果たされるはずのない約束なのだ」、という実感。栃木と東京でさえ、距離と時間の壁を越えていくのに苦労するのだ。ましてや、鹿児島と栃木なんて……。

 つまり、「いつまでも一緒に」というのは、当然無理な話になる。

 「約束の場所」が、実際に存在した場所と時間であるために、鹿児島と栃木という遠く彼方に隔てられ、貴樹(とおそらく明里も)苦しむこととなった。もう二度と果たされない約束――。

 これが、「桜花抄」であり、もしかしたらほんの少し、心のどこかで「今生の別れ」を覚悟した明里が、口にした言葉が「貴樹くんは、きっとこの先も大丈夫だと思う」だったのかもしれない。そこで、明里は手紙を渡せなかった。それは、別れの覚悟、だったのかもしれない。

 それでも、子どもの心で、共に寄り添い歩いていく未来を見ていた。それが、心のよりどころであり、希望。

 貴樹の時間は(そしてもしかすると明里の時間は)、この時点からあの「冬の終わり」で止まってしまった。いや、正確にいえば、冬のおわり、仮初めの約束の場所、あの一本の桜の木の下に心を取り残されてしまった。いやいや、もっと正確にいうなら、あの唇の温もりに、体温に、耳元でささやかれる声に、心を取り残されたのだ。

 止まることなく流れていってしまう無常の時間と、取り残され、止まってしまった心の時間の隔絶が、彼らを苦しめていくことになる。


2、コスモナウト――朧な世界で生きる
 「コスモナウト」では貴樹は、自らを宇宙を旅するロケットのように感じている。"今も"いつまでも、遠い遠い誰かの幻を眺め、追い続ける。文字どおり意味で、「疎遠」になった誰かを。文字通りの意味で、「宛て」のない手紙をしたためる。
 
 「コスモナウト」の語られはじめ 、貴樹の心象風景の中で、明里の顔は見えない。徐々にあやふやになり始めている。幻の世界に生きる自分を、自認しはじめているのかもしれない。だから、的の中心を見すえ、射る。迷いを振り払うように、心の露を払いたいように、明里の顔を思い出したいように。
 
 打ち上げられるロケット。それが去っていく、遥か遠くの空を見つめる貴樹。そうして、ようやく貴樹は、ほほえむ明里の姿を思い出す。
それは反転して、貴樹は、"今もなお"朧な世界を見つめつづける、ということでもある。

「僕と明里は、精神的に、どこかよく似ていたように思う」
 鏡を映すように、もしかしたら明里も、貴樹と同様に――。

 あの闇に閉ざされた豪雪の日、電車の中に押し込められ、それでもただ明里のことだけに想いを馳せていた貴樹。駅舎に押し込められ、貴樹のことだけに想いを馳せていた明里。疎遠になっても、文通が途切れてしまっても、ポストを覗き、それでも二人はそのまま、今もなお。

 「わたしが遠野くんに望むことは、きっと叶わない。それでも……それでもわたしは、遠野くんのことをきっと明日もあさってもその先も、やっぱりどうしようもなく、好きなんだと思う。」
 「コスモナウト」は、鹿児島で出会った澄田花苗に寄り添って語られる。貴樹に対し恋心を懐き、そしてまた貴樹の視界の中に自分がいないことに気づく。こうして彼女の抱えた恋心と痛みと最後の言葉はまた、手の届かないものを観続ける貴樹、あるいは明里の姿に重なる。
 花苗はある意味、貴樹と明里そのものでもあった、のかもしれない。


3「秒速5センチメートル」――思い出へと変わる場所
 そして「秒速5センチメートル」。
 ここでは、貴樹がどのように心を痛めていったのか、そして明里がどのようにこの15年を生きてきたのかが明かされる。

「ねぇ、秒速5センチなんだって。」「え、なに?」「桜の花の落ちるスピード。秒速5センチメートル。」
 朧に閉じ込められた世界の中で、貴樹、そして明里もまた、苦しみながらあの雪の舞い散る冬の終わりの唇のぬくもりを失くしていく。
 "今なお続く"もっとも大切にしていた想いも、「桜が舞い散るような速さ」で、失われていく。
 そしてそれは、大人になるにつれて、加速していく。人間を取り巻く時間は、歳をとるにつれて、加速するのだ。それは、手紙がカタチを変えて、メールへと様変わりしたように。
「届かないものに手を触れたくて、それが具体的に何を指すのかも、分からなくて。」
 いつか、二人が想い描いた未来――手を撮り、寄り添いながら歩いていく――は、もはやおぼろげな幻に過ぎない。

 2008年。それは、貴樹と明里が初めて出会った小学4年生から、18年もの月日を経て、貴樹は明里を追い続けていくという想いを完全に失くした。
 同時に、明里もまた、今交際相手との結婚を決意する。

 仕事を辞め、忙殺され加速された時間から、ゆるやかに過ぎていく時間を得た貴樹。同じく、結婚の準備のためか、整理のためか、実家に帰って、ほんの短い間ではあってもゆるやかな時間を過ごす明里。
 そこで、互いは互いの夢を見る。不思議なことに、「"今もなお"追い続けていく想い」を失くしながら、あの日の夢と記憶に触れたのだ。


 そうして、春を迎え、桜のはなびらに心動かされた貴樹。生まれはじめた心の余裕だ。桜並木を歩く。昔、彼女と共に歩いた景色の中で、また再び、ようやく明里の姿を見る。
 作中、暗く、寒々しい、灰色の世界に押し込められていた貴樹だ。ずっと、そのように描かれてきた。
 それがようやく、色あざかな世界に向かっていく。それでも、

 ようやく、物語の最後で、貴樹と明里は、約束を果たしたのだ。


つまり、あの約束が永遠へと変わる瞬間――それが「思い出」なのだった
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