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感想……というより、素描であり、見てない人に向けた短いガイドでもある。本編の肝心なネタバレなしです。
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 少年の傷と少女の傷は違う。
 少年にとって大事なのは「遠さ」であり、少女にとって大切なのは「近さ」なのである。
 だから、少女にとって「身近」が崩壊する、というのは、世界の崩壊と同義なのだ。

 この映画もまた、身近の崩壊した少女の物語だった。
 他の誰かからみれば、些細な痛みでも、少女にとっては、耐え難い痛みを少女は抱えている。心はがさつき、とげを含み、そのとげで他者も自分も傷つけている。

 それはたとえば、リュック・ベッソンの「ジャンヌ・ダルク」で、ジャンヌを戦争へと駆り立てたモノだし、ビクトル・エリセ「ミツバチのささやき」でアナがイザベルを見て感じた感情もそこに由来するかもしれない。
 同じアニメでいえば、「カードキャプターさくら」で桜に言わせれば、「それは、とっても悲しいこと」なのだ。
 「魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語」に、こんなセリフがある。

「あなたが、もう二度会えないほど遠い所に行っちゃって、なのに世界中の誰もかもがそのことを忘れちゃって、私だけがまどかのことを覚えてるたったひとりの人間として取り残されて...寂しいのに、悲しいのに、その気持ちを誰にもわかってもらえない」

 あるいは、「たまこラブストーリー」にこんなセリフがある。

「なんで。なんで、なんで東京行っちゃうの?遠いよっ?東京遠いよっ!?」
「ずっと近くにいたのになんで離れちゃうの?」

 つまりは、そういうことだ。どちらも、同じ心の向きである。

 繰り返すが、少女にとって、大切なものは「近さ」である。
 少女が回復するには、崩壊した身辺を取り戻すこと以外にない。「身近」の回復こそが、少女の傷心を癒すのだから。

 そういうものが、シンプルだがそれなりに丁寧に描かれた映画であった。

 なので、たとえばアムロ・レイが、実家の母に背を向けて戦場に帰っていくような話を好む人には、おそらく合わない映画だろうと思う。男性的文法に支配された人間には、おそらく決して理解できない。
 小学生に見せても、分からない子が多い映画だろう。
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